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親戚の家に泊まっています

 

 

親戚の人に

 

「心配になるんだから夜遅くなる時とか泊まる時は連絡しなさいね」

 

って言われると

 

「(あなたに何かあったら私が責められるって)心配になるんだから夜遅くなる時とか泊まる時は連絡しなさいね」

 

って聞こえる私はひねくれてるんでしょうか。

 

純粋に心配するなんてあるんでしょうか。

新年を迎えてさらに寒さが増した。

 

加えて酸素が濃くなったように感じる。

 

私の頭の中はいつだって酸素に満たされていて

 

今にも壊れそうだ。

 

過呼吸になった時のように

 

失神する直前のように

 

私の脳内は酸素に満たされている。

 

普通に息をしているようで

 

私の脳は酸素しか飲み込んでいない。

 

時々くる動機と不安は

 

濃すぎる酸素のせいだろうか。

 

急にこみ上げる吐き気と頭痛は

 

息をしている私への罰なのか。

 

 

さあ、眠ろう

弔い

高校時代、自分を傷つけ続けていたわたしがいました。

 

 

 

 

「私リスカしてるんだ」

 

友達が見せてきたことがあります。どんなに小さな傷でも自傷行為してる自分を知って欲しかった彼女は淋しい人なんだと思いました。

 

その傷とは言えないような浅く小さな傷に、どんな意味があったのかはわかりません。友達は私に心配して欲しかったのか、、

 

リストカット

 

その遠いようで身近なフレーズは決して表に出ることのない言葉だと思っていました。やった人だけが知る世界。リストカットは心の弱い人だけが誰かに心配して欲しくて行う、淋しい行為だと思っていました。それ故に私には全く関係のないことだと思っていました。

 

わたしが初めて自らを傷つけたのは高校1年の秋でした。あの頃私は友人に軽いストーカー行為を受けていました。その友人とは帰る方向が同じだったこともあり度々一緒に帰ったりしていましたが、告白されてからは何かと理由をつけて断っていました。しかし違うルートで帰っても、時間をずらして帰っても、友人は必ずその先にいるのです。初めて友人を怖いと思いました。ひどい時には家の前まで来ていました。そのうち私はバスと電車を利用して登校するようになります。気づけば同じバス同じ電車で登校しています。たまたまかと思い時間をずらしてみてもやっぱりいます。挙句の果てには手を握られキスまでされました。本当に恐怖でした。吐き気がこみ上げ電車に乗ることさえ怖くなりました。そしてある日気づいたら自宅のトイレでわたしの左手から血が流れていました。何も考えず、痛みすらなく、ただただワイシャツの袖が赤く染まっていきます。わたしの右手には定番のカミソリがありました。ふと我に帰り、慌てて手首をおさえました。家族に知られる前にと必死に袖口を洗い流し、傷はガーゼと包帯で隠しました。一度手を出してしまえば後戻りはできません。手首の赤みに気づいては処置を繰り返す日々が続きました。日に日に傷は増え、深さを増していきます。

   そんな状態の時もストーカー行為はエスカレートしていきます。弱り目に祟り目。泣きっ面に蜂。同じ頃に親しくしていた友人とも関係が壊れてしまいます。それに伴い、わたしの行為にも拍車がかかりました。傷だらけの左腕。時には貧血を起こし倒れたこともありました。わたしのやっていることは他人に知られてはいけないことだと必死に隠しました。その時過去に傷を見せてきた友人を思い出しました。何故見せてきたのかさらに謎が深まりました。わたしは死にたくてどうしょうもなくてやっていた訳ではありません。あの友人のように誰かに見せるために切っているわけでもありません。ただ自分がしている行為の理由は分かりませんでした。切れ味が悪くなると買い直すくらいにはおかしくなっていました。今でも傷は消えていませんし、この先も消えることはないのだと思います。

   こんな話を公の場で文字に起こしてしまったこと本当に申し訳なく思います。これを読ん出くださった方には不快な思いをさせるかも知れません。だからなんだよ?と苛立たせてしまうかも知れません。勢いで書いてしまって本当に申し訳ない。他人には知られてはいけないことと知りながら書いてしまうのは、やはり私も心の弱い淋しい人間なのでしょう。今となってはわかりませんが、当時の自分はまるで自分でないような、自分であり記憶もあるが全くの別人のような感覚があります。自分の中に他の誰かが生きているような気がして、ただ今は眠っているだけのような気がしてならないのです。

 

 

 

 

自分の中には他人を生みたくないと思ったので書きました。当時のわたしのお葬式です。自己満足にお付き合い頂きありがとうございます。

名前が左右する関係

名前は不思議な力を持っていると思う。

 

私達は生まれた瞬間から同じ名前で呼ばれ続ける。生まれてから今に至るまで一度たりとも変わらない名前というものには、皆無意識のうちに愛着が湧いている。

 

好きな人に名前を呼ばれると嬉しいのも、自分と同じものに愛着を持っていると錯覚するからではないかと思う。そうして人は無意識のうちに自分の名前を様々な判断基準に使っている。

 

私が今回話したいのは、名前が親しくなれるかどうかの判断に使えるということである。

先日、バイト先の人(以降Tさんと呼ぶ)とのこんな出来事があった。

 

 

Tさんは年下だが私より長く働いていて、経歴的には先輩にあたる。Tさんは普段、私のことを菊池さん(仮称)と呼ぶ。普通に話す分には楽しめるし何の問題もないのだが、いきなり下の名前で呼ばれることがある。普通に話している途中で菊池(仮称)から悠さん(仮称)に変えてくるのである。ラインで二言前には菊池さん(仮称)なのにいきなり悠さん(仮称)に変えてくる。急に名前を呼ばれてキュンとしたなんて話が世の中には存在するが、大変失礼な話で、この時私は単に 気持ち悪い としか思えなかった。

 

後にバイトをしていたある日、社員さんの一人(以降Aさんと呼ぶ)と話をしているといきなり下の名前を呼ばれた。この人もたびたび急に下の名前を読んでくる人で、いつも驚かされる。しかし私の場合Aさんに呼ばれたときは、Tさんの時のような気持ち悪さは感じられず、むしろ嬉しさが滲むのだ。

 

 

「自分の中の潜在的な部分が相手を拒否している場合、下の名前を呼ばれると全く嬉しくない」

 

 

この場合、嬉しくないどころか嫌悪さえ湧いてくる場合がある。呼び方に特徴があるわけでも、甘えた声で呼ばれたわけでもないが、Tさんには気持ち悪さをAさんには嬉しさを抱いた。

 

 

よく考えてみるとTさんとの会話の中で度々「ん?」と思うことがあった。その時は深く考えなかったが、今回の出来事で、私はTさんとは合わないのだ とはっきり分かった。親しくなると下の名前で呼ぶのが一般的な日本では、下の名前を呼ばれたくない=親しくなりたくないということになる。つまり潜在的な部分が相手を拒否しているのだ。

 

「名前を呼んだ」というたった一つの事実が、知り合った人との関係を左右するサインになるなど変な話だが、感覚的なものばっかりはどうしようもない。もちろんこの感覚だけに囚われて交友関係を狭める必要は無いし、そんなことしていたら世界が狭くなってしまう。しかし親しくできそうかという判断の一つとして頭の隅に置いておいても邪魔にはならないだろう。この感覚を上手く利用したいものである。

 

嗚呼、名前を呼んで欲しい

文字の速さ


私はすごい速さで書かれる文字の音が嫌い

表現力の乏しい私には、その文字の速さを文章で表現することは出来ないが、とにかくものすごい速さで書かれるのである。

あの速い音がどうしても好きになれない。

あんなに速く書かれた文字には意味が無いような気がする。ただ書かれているだけで、文字として形があるだけで、本当の文字としての意味は何一つとして持っていないようなそんな無意味な記号に思えてしまう。書かれているうちに意味が生まれるはずなのに、意味が追いつく前に書き終えられるのだ。

私はあの速い音を聞くと焦る。落ち着かなくなってどうしていいか分からなくなる。呼吸が乱れるような苦しさがある。先を急げと言われているようで、脅されているみたいだ。

だから文字をすごい速さで書く人が苦手だ。速い文字の音で私を焦らせる人を好きになれない。

意味の無い文字をべらべらと書く人は意味の無い言葉をベラベラと話す。表面上の、形しかない言葉で傷つける。そういう人はボキャブラリーだけは豊富である。きちんと理解し知識となるまでは行かないが言葉そのものは知っているという意味でだが。私はたくさんの言葉を知らなくてもいいから、中身を大切にしたいと思う。綺麗事だろうがなんだろうが構わない。抜け殻のようにはなりたくない。

ほんの少しでもいいから私の文字には価値を持たせたい。

誰か私の心臓に開いた穴を塞いでくれ

先日友人が田舎に引っ込んだ。

 

私はこの友人ととても仲が良かったわけではないし、とても仲が悪かったわけでもない。

高校1年の時に同じクラスだった。誕生日が同じだった。同じグループにいた。

帰りは時間が合えば一緒に帰った。学校帰りに遊んだこともあった。

しかし、特別仲が良かったわけではなかった。

クラス替えが行われ教室が変わると全く話さなくなった。

 

ある日、そんな風に疎遠になってしまった友人と久々に会うことになった。一緒に夕食を食べた。

その友人は文才があり、話の内容も面白い。内容が面白いというか、物事の捉え方が他とは違っていて興味深い。

話をする中で少なくとも私は彼と話の馬が合った気がした。本当に楽しかった。

 

数日が経ち、再び彼と食事をすることになった。そのころには彼は退職の手続きを終え、田舎に引っ越す準備もほとんど終えていた。これといった別れの挨拶をするわけでもなく、また食事に行こうと約束を交わして別れた。

 

彼は東京にいた。私も東京にいた。

彼は田舎にいる。私は東京にいる。

 

文字で書くと「東京」が「田舎」に変わっただけで大きな変化はない。

しかし東京と田舎という感覚的な距離が心の中に残ってしまった。

同じ日本という小さな国にいながら、ものすごい距離を感じる。特別親しかったわけでもないのに、「彼が東京にいない」という事実が私の心臓に穴をあけている。

SNSで彼の近況を知ることはできるが全く別の世界の話のように思えてしまう。

 

ここまで書いてみて、

 

私はなぜ彼のことを書いているのだろう?

特別な親しささえなかった彼になぜここまで固執しているのだろう?

 

そうか、彼との物理的な距離を、私の脳は心の距離に変換してしまっているのか。

話の馬が合ったはずなのに、互いの存意の中に共通するものが全くなくなってしまったような、そんな気分に私の脳が自らしているのか。



答えが出た気がした。

 

 

気持ちというものは厄介である。

時に事実とは全く異なることを信じたがり、自分を暗い海の底に沈めようとする。

頭ではわかっているが気持ちがついていかないという言葉があるが、本当にそのとおりである。

私の気持ちは私のものであるが私が操縦機を握っているわけではないのだ。

考えと気持ちは別物。考えは自らコントロールし作り出したもので、気持ちはそうではない。実に厄介な代物である。

 

 

 

いつになったら私の心臓の穴は埋まるのだろうか。

早く塞いでほしい。

ことわざ=教訓、人生、優しさ


  最近大学のある講義で提出した文章にこんなことを書いた人がいた。

「ことわざは教訓ではない、ただの言葉の短縮である」

しかしこれは間違っていると私は思う。
ことわざは昔から伝えられる生活の知恵や教えなんかを短い文章で表したものであると思うからだ。

例えば 「石の上にも三年」 ということわざがある。

これは冷たい石の上にも三年座り続ければ温かくなるということを表している。つまり、我慢強く努力していれば成功するということを言っているものである。

屁理屈をいうと、この「我慢強く努力していれば成功する」という言葉をどう短くすれば「石の上にも三年」になるのか?
つまりただ言葉を短縮しただけではことわざは生まれないということである。

  ことわざとは、なんの意味も無いような表現や単純な言葉の中に一つ一つストーリーが存在していて、必ず  伝えたいこと が隠されている。
  昔、実際に体験した人がいて、それに対する一番の得策を見つけ出した人がいて、初めてことわざになるのである。そんな人の生を表した言葉をただの言葉の短縮であるというのは些か失礼ではないだろうか。先人たちの生きた時間を、皆に伝えようという心を、踏み躙り、存在しないものとして扱っていることになるのではないだろうか。

  「ことわざは━━━ただの言葉短縮である」と言った本人は深く考えることなく直感的に感じたことを言っただけなのかもしれない。だとすると直感的な言葉にどれだけの重みがあるのかということを私たちは理解する必要があるだろう。私たちのたった一つの直感が誰かの生きた証を消そうとしているかもしれない。

ことわざは教訓であり、誰かの人生であり、私たちへの優しさである。

今一度、自分の直感の重みを考えてみようと思う。