弔い

高校時代、自分を傷つけ続けていたわたしがいました。

 

 

 

 

「私リスカしてるんだ」

 

友達が見せてきたことがあります。どんなに小さな傷でも自傷行為してる自分を知って欲しかった彼女は淋しい人なんだと思いました。

 

その傷とは言えないような浅く小さな傷に、どんな意味があったのかはわかりません。友達は私に心配して欲しかったのか、、

 

リストカット

 

その遠いようで身近なフレーズは決して表に出ることのない言葉だと思っていました。やった人だけが知る世界。リストカットは心の弱い人だけが誰かに心配して欲しくて行う、淋しい行為だと思っていました。それ故に私には全く関係のないことだと思っていました。

 

わたしが初めて自らを傷つけたのは高校1年の秋でした。あの頃私は友人に軽いストーカー行為を受けていました。その友人とは帰る方向が同じだったこともあり度々一緒に帰ったりしていましたが、告白されてからは何かと理由をつけて断っていました。しかし違うルートで帰っても、時間をずらして帰っても、友人は必ずその先にいるのです。初めて友人を怖いと思いました。ひどい時には家の前まで来ていました。そのうち私はバスと電車を利用して登校するようになります。気づけば同じバス同じ電車で登校しています。たまたまかと思い時間をずらしてみてもやっぱりいます。挙句の果てには手を握られキスまでされました。本当に恐怖でした。吐き気がこみ上げ電車に乗ることさえ怖くなりました。そしてある日気づいたら自宅のトイレでわたしの左手から血が流れていました。何も考えず、痛みすらなく、ただただワイシャツの袖が赤く染まっていきます。わたしの右手には定番のカミソリがありました。ふと我に帰り、慌てて手首をおさえました。家族に知られる前にと必死に袖口を洗い流し、傷はガーゼと包帯で隠しました。一度手を出してしまえば後戻りはできません。手首の赤みに気づいては処置を繰り返す日々が続きました。日に日に傷は増え、深さを増していきます。

   そんな状態の時もストーカー行為はエスカレートしていきます。弱り目に祟り目。泣きっ面に蜂。同じ頃に親しくしていた友人とも関係が壊れてしまいます。それに伴い、わたしの行為にも拍車がかかりました。傷だらけの左腕。時には貧血を起こし倒れたこともありました。わたしのやっていることは他人に知られてはいけないことだと必死に隠しました。その時過去に傷を見せてきた友人を思い出しました。何故見せてきたのかさらに謎が深まりました。わたしは死にたくてどうしょうもなくてやっていた訳ではありません。あの友人のように誰かに見せるために切っているわけでもありません。ただ自分がしている行為の理由は分かりませんでした。切れ味が悪くなると買い直すくらいにはおかしくなっていました。今でも傷は消えていませんし、この先も消えることはないのだと思います。

   こんな話を公の場で文字に起こしてしまったこと本当に申し訳なく思います。これを読ん出くださった方には不快な思いをさせるかも知れません。だからなんだよ?と苛立たせてしまうかも知れません。勢いで書いてしまって本当に申し訳ない。他人には知られてはいけないことと知りながら書いてしまうのは、やはり私も心の弱い淋しい人間なのでしょう。今となってはわかりませんが、当時の自分はまるで自分でないような、自分であり記憶もあるが全くの別人のような感覚があります。自分の中に他の誰かが生きているような気がして、ただ今は眠っているだけのような気がしてならないのです。

 

 

 

 

自分の中には他人を生みたくないと思ったので書きました。当時のわたしのお葬式です。自己満足にお付き合い頂きありがとうございます。