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ことわざ=教訓、人生、優しさ


  最近大学のある講義で提出した文章にこんなことを書いた人がいた。

「ことわざは教訓ではない、ただの言葉の短縮である」

しかしこれは間違っていると私は思う。
ことわざは昔から伝えられる生活の知恵や教えなんかを短い文章で表したものであると思うからだ。

例えば 「石の上にも三年」 ということわざがある。

これは冷たい石の上にも三年座り続ければ温かくなるということを表している。つまり、我慢強く努力していれば成功するということを言っているものである。

屁理屈をいうと、この「我慢強く努力していれば成功する」という言葉をどう短くすれば「石の上にも三年」になるのか?
つまりただ言葉を短縮しただけではことわざは生まれないということである。

  ことわざとは、なんの意味も無いような表現や単純な言葉の中に一つ一つストーリーが存在していて、必ず  伝えたいこと が隠されている。
  昔、実際に体験した人がいて、それに対する一番の得策を見つけ出した人がいて、初めてことわざになるのである。そんな人の生を表した言葉をただの言葉の短縮であるというのは些か失礼ではないだろうか。先人たちの生きた時間を、皆に伝えようという心を、踏み躙り、存在しないものとして扱っていることになるのではないだろうか。

  「ことわざは━━━ただの言葉短縮である」と言った本人は深く考えることなく直感的に感じたことを言っただけなのかもしれない。だとすると直感的な言葉にどれだけの重みがあるのかということを私たちは理解する必要があるだろう。私たちのたった一つの直感が誰かの生きた証を消そうとしているかもしれない。

ことわざは教訓であり、誰かの人生であり、私たちへの優しさである。

今一度、自分の直感の重みを考えてみようと思う。